副題に、附・高倉宮以仁王伝説守護城館跡とあり、下にその所在地地図を示す。
この地図から推察すると、旧上川村の域内に、以仁王関連の館跡が存在する
東蒲原郡シリーズⅢ
城館跡探訪
附・高倉宮以仁王伝説守護城館跡
1991.4発行
本の題名が『城館跡探訪』とあることから、表題の通りの東蒲原郡の城や館の紹介本だと思いましたが、後半部分は、以仁王に関する各地の伝説を取り纏めたものでした。
その意味では、安藤紫香氏の『高倉宮以仁王』の内容に準じています。
ただ、安藤紫香氏の著作と大きく異なることは、若松茂氏は『以仁王逃亡説』については、柳田圀男派の立場に立っているように感じます。
例えば「30歳で死んだ以仁王は悲劇の王としてのイメージが定着し、そこから生まれる王、従臣の生死説話、その背後には王を死者にしたくないという判官びいきの民衆感情があります」と記していることからも伺い知れます。
これは、『広報かみかわ』の内容にも通じるところが有ります。
また、「王が生存したのであれば、平氏が滅亡したのに、何故京に上がらなかったのか疑問が残る」とも書いています。
これも又、民俗学の権威者の柳田國男氏が『資料としての伝説』に書いた主張を引用しています。